鹿児島の食とデザイン

鹿児島県の重要産業である「食」に関して、デザイン及びデザイナーの力で付加価値を高め、食産業の活性化する事業をおこなっております。

鹿児島の食とデザイン-インタビュー

インタビュー

7.19

クリエーターfile.6. アートディレクター 納島 正弘 氏

地域には独特の風土・匂いを知る地域のデザイナーが必要

アートディレクター 納島 正弘 氏

webインタビュー第6回目は「株式会社 地域デザイン研究所」の納島正弘さんにお話を伺います。鹿児島の食とデザインではワークショップのアドバイザーなどで関わっていただいております。広島県を主に企業のブランディングデザイン、広告企画デザイン、パッケージデザインなど、地域活性につながるデザインを多く手掛けている納島氏に、独立前から現在に至るまでの想いや経験、地域のデザイナー、地域とデザインについて話を伺いました。

「地域で仕事ができる醍醐味」

-デザイナーになろうと思ったきっかけは?

小さいときから絵は得意で、必ずコンクールでは入選していました。先生からも美大を勧められましたが、当時は将来のことをそこまで深く考えないまま経済系の大学に進学しました。
大学時代はバンド活動に熱中していて、絵画や美術などのアート系や広告には全く興味がありませんでした。ですが、その頃DCブランドが流行り夢中になりました。各ブランドにはいろいろなツール類、カタログ、ダイレクトメールなど、本当にお洒落なものがあることを目にし、誰が作っているのだろう?と考えるようになりました。そこで、グラフィックデザイナーという仕事があると知りました。この仕事をしたい!と思い、大きく進路変更することを決め、大学を辞めたいと親に土下座しながら話したのが4年生の春でした。そこからデザイン系の専門学校へ入学し、ほとんど寝ずにがむしゃらに課題をこなす日々でした。

-専門学校を卒業した後は?

最初は地元の制作機能がある広告代理店に就職しました。人気のある広告代理店で、良い仕事をたくさんして、広島では飛ぶ鳥を落とす勢いの広告代理店でした。そこでチーフディレクター兼グラフィックデザイナーとして、またある時はCMを作ることもあり、ありとあらゆることを学ばせてもらいました。そこに11年程いた後、独立しました。

-地元、広島のお仕事は何割くらいですか?

8割くらいです。あとは島根県や愛媛県など中四国ですね。最も長いお付き合いのクライアントで30年くらい。お客様は20年や10年など、ロングタームでのクライアントが多いです。地方拠点の仕事だと、経営者と直接仕事ができるので長いお付き合いができる可能性は大きいのだと思います。地元のデザイナーとして、経営者と直接話して進める、立ち会って仕事が出来ることは恵まれているし醍醐味だと思います。

アートディレクター 納島 正弘 氏

~納島さんが手掛けた『魚のイズオカ』シリーズ
昭和8年創業、瀬戸内の海の宝を中心とした鮮魚の小売り・卸売りを主にギフト展開もしている広島の鮮魚店。ロゴやリーフレットなどデザインで独特の世界を作りあげる~

「デザイナーの感性とセンスは経験値」

-デザインを生み出すときは、どのように考え始めるのですか?

パッとデザインが閃くこともあるのですが、自分の引き出しを引っ張りだしてデザインすることも多いですね。デザインを生み出すときの決め手は、結局、引き出しの多さだと思います。今までの経験の中で見てきたこと、考えてきたこと、それらをテーマに応じて応用できるかどうかで生み出せるデザインが決まってきます。感性、センス、引き出しは大切ですが、そのセンスも結局経験値から生まれるものですからね。

-どうやって引き出しを増やすのですか?

ありとあらゆる物から引き出しを増やしていきます。大好きな映画や本からも。そういうものを見たら、まずは疑ってみる。どうしてこういうデザインなのだろう?、こういうデザインでないとダメなのかな?など、自分なりの考えを深めるような視点で見ています。じっと見て、考える。わからないときは、聞いたり調べたりして、また考える。今、便利な世の中で調べようと思ったらすぐ調べられますしね。

「地域×デザイン」

-最近、地域のデザイナーが注目されていますね。

地域のデザイナーに脚光が浴びだした理由として、地方ADC(アート・ディレクターズ・クラブ)の存在が大きいのではないでしょうか。「地域デザインが熱い」と題するデザイン書が多数出版されていて、地域デザインと検索したら、個人のデザイナーの名前が表示されるようになりました。ここ4、5年でやっと「顔が見えるデザイナー」が出てきました。それまで、地域のデザイナーはどちらかとうと影武者のような存在で、汗かいているデザイナーの名前が出してもらえないということが多かったのですが、そこに風穴をあけたのが、地方ADCだったのかもしれません。

-昔と比べて、地域でのデザインのあり方は変わってきましたか?

関係者の理解も深まってきていて、進めやすくなってきました。やっと、企業も行政も、地元にデザイナーがいることがわかってきたのではないでしょうか。昔はデザイナーは東京にしかいないと思っていた人も多くて。おかげさまで、今は地域のデザイナーが活動しやすくなっています。

「地域のデザイナーの質が発揮できるチャンス」

-地域には地域のデザイナーが必要だと思いますか?

土地がもつ独特の気配や手触りを知っている地域のデザイナーはやはり必要な存在だと思います。地域にもいろんな課題やテーマがありますが、地域のことは地域の人が守る、考えるというのは、理にかなっているのではないでしょうか。見えない価値を見える形にして伝えるデザインの世界では、とりわけ地域がわかっているということが大切でしょう。まさに今、地方に光が当たりだしていると実感します。同時に今度はデザイナーの質が問われてくるときだと思います。企業や行政の期待に応えられるか、ということです。

-地域のためにデザインは力を発揮できていますか?

発揮できつつあると考えています。しかしもっとできることもあります。常に企業などクライアントの近くにいて、細やかなメンテナンスができるからこそ、気づくこと・発揮できる力もあります。
たとえば『made in Japan』といって日本のものが海外で評価されるとき、それらの多くは地方で作られているのではないでしょうか。『made in Japan』 = 『made in Tokyo』 ではありません。地方で作られた『made in Japan』にも、その地方にいてメンテナンスするデザイナーが必要なんですよ。もっとがんばれますよ、地域のデザインは。

-地域のデザインのあり方についてどう思われますか?

地方においては一次産業にもデザインが必要になってきました。それは地域のデザイナーにしかできないことも多いんです。期待は高まっています。
反面、最近の地域のデザインでは、地域のデザイナーが”教科書”を見過ぎて、デザインが似てきていると感じます。全国を見渡すと、小洒落たデザインのものは吐いて捨てるほどあるんですよ。地域のデザイナーは、そこを勘違いしてはいけないと思います。土地の独特の気配を含ませたデザインが必要ではないでしょうか。
地域の匂いを知っているデザイナーがいて、その人たちが生産者や企業の人たちと汗をかきながら一緒に作り上げていくという姿勢がないと、良いものはできません。そうやって地域と一緒に取り組むデザイナーでありたいと思っています。

納島 正弘

納島 正弘さんプロフィール写真

Profile:広島県在住。企業のブランディングデザイン、広告企画デザイン、パッケージデザインなど、地域活性のためのデザインを多く手がける。コンセプトから立ち上がる仕事をするのが信条。ネットワークを活かした販路開拓、その上での実践的なデザインの事例を多数持つ。広島アートディレクターズクラブ(H’ADC)を設立。