言葉に注目すると、鹿児島は変わる
webインタビュー第4回目は福岡県出身、鹿児島在住のコピーライター北村公博さんにお話を伺います。数多くのコピーを手掛け、言葉の専門家として独立前から現在に至るまでの経験や考え、仕事上での関係性や、鹿児島と言葉について話を伺いました。
「始まりは、サブカルチャーの広告だった」
-いつ頃、何がきっかけでコピーライターという職業を知ったのですか?
知ったのは10代の終わり、高校生の頃でした。将来を考えたときに身近な大人が就いている職業にはどうしても興味が持てなくて、自分は何をすればいいのか、どうしたいのかともがいていた時期がありました。ちょうどその頃サブカルチャーのブームがあって、広告を作るという職業を知り、面白そうだと思ったのが最初のきっかけです。コピーライターがブームになっていたこともあり、「あ、これだ!」と感じました。コピーライターが使う表現方法である言葉は毎日使っているものなので一番取っ付きやすいという安易な発想だったかもしれないですね。
-実際の職業とするまで、どういうプロセスでしたか?
とりあえず「東京行かなきゃ。」と東京に行って、コピーライターの学校に通いながらそこの講師の人のもとで仕事をすることになりました。実家(福岡)に戻ることになったとき、当時の社長が「福岡でもコピーライターを続ける気があるんだったら何か作品を持ってた方がいい」と、小さな仕事をいくつかやらせてくださいました。それを持って福岡のプロダクションを回り、フリー契約でしばらく仕事をした後、ある会社に入社、そこで鹿児島転勤になりました。鹿児島に百貨店のコピーを書く人がいなくなるということだったので、「やってみたい」と。当時、百貨店の仕事はコピーライターとしては花形的な仕事だったというのも魅かれた理由です。
-鹿児島にいらっしゃって何年ですか?フリーになられてからは?
30年近くになります。フリーになってからは25年くらいです。コピーライターとして仕事をするという点から考えると、鹿児島は自分から仕事を作っていくことをしないと、仕事がなかなか生まれづらい環境だとも思います。僕は、広告代理店やプロダクションの方に、なるべく提案をするようにしています。実際コンペに一緒に行くこともあります。プレゼンテーションの場で言葉を使って説明するのであれば、コピーライターの方がすこし上手に伝えることができるかもしれないし、そうありたいとも思っています。
「コピーライターの仕事とは?」
-コピーライターとして仕事をする上で、大切なことは?
コピーを書くにあたって、言葉にできることと、できないこと。言葉にしかできないこと、言葉ではできないことがあるので、そのあたりはかなり意識して取り組んでいます。また、ある商品を売りだそう、伝えようとするとき、その商品の良い点を羅列すればよいのかというと、そうではないことが多い。作り手側の「いいたいこと」が消費者の「知りたいこと、気になること」と常に一致するわけではありません。両者の関係性を多方面から考えて、両者をつなぐことができる事柄を探して、それを表すのに適切な言葉を選ぶ。そのコピーで両者をつなぐことができたら、それはコピーが広告の中で役割を果たしているということで、「機能する言葉」にできたと考えます。そのほかデザインとのバランスを考える必要もあるし、何より自分の考えだけの独りよがりにならないように気をつけています。一番大切なのは伝えるべき相手と目的がはっきりしていること。そうすれば早くて強い言葉にできると思っています。一言で言ってしまえば、コピーライターの仕事はラブレターの代筆のようなものですから。
-『早くて強い言葉』の“早い”というのは?
一番大切なことが直接的に相手に伝わるということでしょうか。コピーは基本短い方がいいとよく言われますが、短ければそれでいいのかというと、そうではないこともある。紙媒体であれば字面のバランスから考えて漢字があったほうがいいという観点もある。ひらがな表記することで一回頭の中で読んで、理解してもらった方が面白くなることもある。目的に向かってぶれない矢印というか、大きな道をコピーで作ることができれば一番いいですね。僕たちコピーライターの仕事は一番伝わる部分、伝えたい部分を抽出して、見ている方にちゃんと届けることですから。

~『鹿児島の食とデザイン』企業とクリエーターによる食のデザインミーティング(マッチング)にご参加いただき、コピーライターとして手掛けられたコピーの紹介などお話いただきました。~
「関係性でスムーズな仕事運び」
-今までで一番面白かった仕事は?
若い頃に関わった百貨店の仕事はとても面白い経験でした。僕が20代後半から30代にかけての時期だったので、ターゲットと自分がほぼ一緒の年代か、自分より少し上の先輩のような人たちだったので、自然と入り込んでいけました。世の中の興味のあるものと、自分の興味のあるものがほとんどリンクしていた感じでした。あの頃は年間で500本、1000本と大量のコピーを書いていましたね。ほぼ毎日何か書いていたので、いつか頭の中が空っぽになってしまうんじゃないかと思うこともありましたが、やっぱり次の日になれば新しい着想、新しいコピーは出てくるものです。
-多くの仕事を手がけていらっしゃったのですね。
仕事は量より質という考え方もあるかもしれませんが、あの時期集中して大量のコピーを書いていた経験のなかで学んだことは計り知れません。山のようにコピーを書く。指摘を受けて修正する。そして週何回か自分が書いたコピーが新聞広告として掲載される。それを一読者として自然な形で目にして生活者としての感覚を体感する。後日、新聞広告の反響を教えてもらい、また考える。その繰り返しの中で多くのことを学びました。
-「力がついたな。」と思ったことはありますか?
単純にボツが少なくなっていった、訂正が少なくなっていった時期がありました。でも、それは劇的にコピーが良くなってきた、自分に力がついてきたというだけではなく、おそらくクライアントの方と自分の関係が良くなったことも理由だと思います。お互いの理解が進めば適切な提案ができるようになるし、結果がある程度ついてきて信頼していただけるようになれば、仕事もスムーズに進む。そもそも「このコピーってどういう意味?」と聞かれて説明しなければいけない時点で、コピーが機能していないということですからね。どんなに能書きが立派でも、伝わらない、わかってもらえないコピーじゃだめなんです。
-一番うれしい仕事とか、うれしい反応など、どういうとき?
やっぱりほめられる、誰かの何かの役に立ったと思えるとうれしいですよ。企業の方に「すごくいいコピーを書いてくださいました。」と言われるとそれはすごく嬉しいことです。でも、端的に言えば売れなければだめですよね。ちゃんとコピーとして機能できれば、「伝える」という目的の中で何かの役割を果たせるはずなんです。コピーも広告の中の一部のパーツ。その広告自体が持つ大きな目的の中でコピーを機能させたいと思って取り組んでいます。
「鹿児島と言葉のチカラ」
-食に関わる仕事も多いですか?
僕自身、食には興味が大きくて、子供の頃から自分で料理もしてきたし、わざわざ遠くまで食材を探しにでかけることもあります。それなりに食に関してよく知っている、わかっているほうだという自負もある。鹿児島で長年生活し食に関わる仕事もしてきましたからね。それでも仕事の取材で農業や水産業、食品や飲料の製造業、売り場の方にお会いすると知らなかった初めてのものと出会う、驚くような発見があるんですよ。それだけ鹿児島という土地は食の懐が広いし深い、本当に食が豊かな土地です。取材でお話を聞くうちに伝えたいことがどんどん見つかるんです。逆に言えば、その「伝えたいこと」というのは、作り手の方々が懸命な努力をされている結果でもあるわけで、もっともっとその応援をしたいし伝えるためのお手伝いができれば嬉しいですね。
-伝える方法の一つとして考えたとき、「言葉」には何ができると思いますか?
言葉って何かを提示したり、共有したりする働きがありますよね。コーヒーと言えば多くの人は、多少の差こそあれ、ある程度同じようなコーヒーをイメージするわけです。今回で言えば『鹿児島の食とデザイン』という言葉があるから、ぼんやりでも同じようなことをイメージしたりその世界を共有できる。それは言葉だからできる一番素晴らしいことではないでしょうか。そのために言葉が生まれたんだと思いますよ。新しい言葉が開発されたとき・共有できたとき・使う人が増えたときというのは、みんながその言葉を必要としているということだから。言葉にできないものもあるかもしれないけれど、コピーライターである以上、ギリギリのところまで言葉で表現したいしこだわりを持ち続けたいと思っています。
-鹿児島において“コピー”はどんな役割を果たせますか?
音楽や芸術は世界共通と言いますが、言葉はその言葉が理解できる土地だけ、日本だけ。その反面、深いコミュニケーションができる可能性があると思います。たとえばここ鹿児島だと、コピーのなかで本格的な鹿児島弁を使った方がいいこともあるし、標準語のほうが合っていることもあります。その点から考えると鹿児島の風土や気質を踏まえたうえで、必要なコピーを考えられるコピーライターが増えるといいなあ、そう願っています。それはつまり、誰かに伝えたい何かを持つ鹿児島の人や会社の役に立てる、コミュニケーション面でのパートナーが増えていくということですから。
-最後に、鹿児島と言葉について。
鹿児島でも、言葉にもう少し注目して「機能する言葉」が増えていくと、良い方向に変わりそうなこと・事態が動きそうなことがたくさんある気がしています。その意味では、コピーはまだまだ鹿児島に貢献できるはずですし、自分もそうしていきたいと思っています。
北村 公愽
Profile:福岡県出身。東京でコピーライターとして実績を積み福岡へ戻り、デザイン会社にて数々のコピーを手掛ける。在職中に鹿児島へ転勤となり、百貨店を始め多くの作品に携わる。その後独立。
「言葉は嘘をつくための道具じゃない」企画・表現分野で「伝える。届ける。」をテーマに言葉を核としたコミュニケーションをサポートしている。